Chibirock-blog

ロックなバックパッカーの日常
<< October 2017 | 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 >>
ブログ主・Chibirock
profilephoto
切手と古いマンションが好き。 そうそう、ブログ引っ越しました。 http://chibirock.net/wordpress/

Chibirockいろいろ
■Chibirock-Web■

↑Chibirockがタラタラつくる、
ひもじくも 愉快な世界旅行記サイト。
世界のすごいものダメなものを研究、報告。

■Brali Magazine■

↑伝説の旅雑誌、旅行人に続け!Chibirockコラム&旅行記連載中のWEB旅マガジン。 ..............................

Kaori Murakami

Create your badge ..............................

ここ最近よく聴いてる


..............................
www.flickr.com
chibirock's items Go to chibirock's photostream
良い物
スペクテイター〈29号〉 ホール・アース・カタログ〈前篇〉
スペクテイター〈29号〉 ホール・アース・カタログ〈前篇〉 (JUGEMレビュー »)

本関係者や読者から集めた自力で生きていくための道具を、自力で選ばせるホールアースカタログは、「インターネットが無かった時代のGoogle」と言われ伝説化。最終号に掲載された「Stay hungry, Stay foolish」のフレーズを引用したスティーブ・ジョブスをはじめ、今となっては大物となった人物も大勢このカタログに大層影響を受けていたとか。そんなカタログ気にならないわけない。と、この本で日本に及ぼした影響だとか実際に作った人のインタビュー(後編)とか読んでから、本物を渋谷の古本屋まで見に行ってしまった。英語びっしりだし今カタログから買い物もできないしで買わなかったけど、1万2千円なんて値も納得のいい貫禄だった。
良い物
Songs & Portraits
Songs & Portraits (JUGEMレビュー »)
Third World Love
少し前から日本にもやってきはじめたイスラエルジャズ。4人ともどもイスラエルをはじめ、世界中で活躍する凄腕。ぜつみょーなジャズ&地元音楽のミクスチャーを実現しております。
良い物
まんが パレスチナ問題 (講談社現代新書)
まんが パレスチナ問題 (講談社現代新書) (JUGEMレビュー »)
山井 教雄
ちびろっくのようなアホにもわかる、漫画で解説パレスチナ問題。ユダヤ人とパレスチナ人の子供、猫でお送りする。どちらの側に偏るではないバランス感を保ちつつ、最後は意外なクライマックスを迎え、じんわりこさせた。



■微妙な世界一周旅行記その7〜中東編 オイルマネーでギンギラギン
今バンコクは、バケツどころか区民プールひっくり返した
勢いのスコールだす。
しばらく外に出れません。あ、やんだ。

花の都パリでのケバブ+スーパー生活が終わりました。

最終日は少し豪勢にお食事を…なんて話も出るには出たが、
フランス料理なんて、日本に普通にあるじゃんね。と、
いうことで、はまったTABOULEといういつものお惣菜の、
エビ入りのやつを買ってよしとした。
フランスかレバノンに行ったら必ず食べましょう。

レバノンかすめて、バーレーンにて乗り継ぎでバンコクにつきました。
飛行機から見るバーレーンの街は、島の形がはっきりわかるほど
キンキラキンのギンギラギンで、成田あたりのそれなんてほんと
どっかのひなびた地方都市ですか?てな具合で、いかに油さまさまか
実感したしだいであります。

黒や白のベールをまとった女性がすりすりと歩くのを見ると
ああ中東ですなあという気分ですが、免税店はまたもキンキラキンのギンギラギン

葉巻の特別室やムスリム女性のベールにスパンコールつけたもの、
酒、化粧品、タバコ、お菓子、洋服、魔法のランプ。

キラキラした免税品に囲まれてクラクラする中、うっかり見つけて
しまった「Postal Shop」にて、
2005年バーレーン切手コンプリート集を購入しました!やった!!
6ディルハムです、と言われてもさっぱりいくらかわからないので、
余ってたドル払い。16ドル。
高い…。

全部の切手に王様の顔ついてる。
というかパリでもほとんど切手しか買ってない。

トイレすら電気使いすぎでまぶしかったバーレーン。
たった2時間だけだったが楽しませていただきました。

さて豪雨がやんできたので、去ります。

ちなみに、全身ベール姿の女性はミステリアスでアラビックですが、
案外肩にGジャンひっかけてたりするので、なんか残念です。
↑↓ここら辺クリックすると来世で金持ちになれます

にほんブログ村 旅行ブログ アジア旅行へ にほんブログ村 旅行ブログへ
| 【旅日記】その他アジア | comments(4) |
2003/01の日記



カオリの日記
旅行中心の日記。
その他、日々の愚痴等。

2003年01月30日(木) カオリ、帰国を決める

すっかりご無沙汰しとりました。
タイでの生活は当初思ったよりも意外と忙しいっす。休憩ばっかしてるけど。

こないだ、もう一人友達が来ました。
海外初めてで、相当泣きそうになりながら空港に降り立った姿は実に笑えましたが、これまた意外にもすぐに順応してタイ好きになってくれた模様です。
だって、犬嫌いで、人ごみ嫌いで、乗り物酔いするってのすっかり忘れて誘ったもんだから、途中で気づいたときは結構本気でヤバイと思いましたよ。
犬だらけで人ごみだらけでバスは揺れまくりかっとばしまくりのバンコクでしょ。
そりゃあ楽しめるわけないと思ったけど。でも何か犬嫌いすら治っちゃったみたい。よかったよかった。

タオ島に行ってみました。
サムイの北にある、バンコクから10時間くらいで着く島なんだけど、これがあんた、絵はがきそのまま!
ほとんどの島なんて、きれいな海の写真出しててもその島から更に奥にある別の島の写真だったりするのに、タオはすごかった!
あの海がチャオプラヤ川とつながってるとは夢にも思えません。
チャオプラヤとかバンコクの運河なんて、万が一落ちたらどうせなら即死してしまいたいと思うほど汚いのに。
そのタオ島のきれいさもあって、彼女は非常に満足して帰りました。
時間かけてピピまで行く必要ありません。
タオで十分です。言い切ります。

いや、しかし今日はタイ女優の「アンコールワットはタイに戻すべきだ」発言で大騒ぎでした。
プノンペンのタイ大使館は全焼、バンコクのカンボジア大使館でも何か騒ぎがあった様子です。
今回はカンボジアは運よく通ることもなかったので、あたしには全く関係はありませんが、このことによって多少関係は悪化するかもしれない。
今カンボジアにいる人、タイに戻ってこれんのかな?

あたしは今日はと言うと、「私は娼婦ですよー」と言わんばかりに分厚い化粧をほどこしたタイ女性と「私女買ってますよー」と言わんばかりに腹を出した白人爺がぞろぞろいるスクンビットという所に出ていました。
なぜって、古本屋に行きたかったからさ。
日本人も多く住んでいる地域なので日本語の本も多く売っていて、暇なときとかは結構重宝します。
スクンビットの通りに公園があるのですが、そこでスナック菓子をばらまいて数百もの鳩を思うがままに操るのもまたここでのひとつの楽しみです。今日で2回目です。
自分まで食われてしまう!と思わざるを得ない勢いで飛んでくるので、そこでうまくお互いにシャッターを切りあいます。
人の怯えた顔って本当に笑えますからね。現像が楽しみです。

ところで、3日にバンコクをついに出ることにしました。
ここから楽しいバンコク日記を発信しようと思ってたのに、なかなか書くことができなかったな。
楽しい不条理なことは沢山あったので、帰国してドラクエ7が終わったらがんばって書きます。
帰り、台湾に寄ってきます。
台湾に寄るだなんて今日まで思いつきもしなかったから、何があるのかさっぱりわからないけど、ま、元おニャンコのM.W(伏せる必要はあるのか?)も本出しちゃうくらいに好きだから、きっと楽しいでしょ。


2003年01月21日(火) カオリ、タイに戻る

おはこんばんちは!皆さん!
マレーシアからタイに戻ってきましたです。
今は南部の町、ハジャイにおりまして、明日の電車に乗ってバンコクに帰ります。

実に何となく、本当に何となくマレーシアはランカウイ島に行ってきました。
皆さん知ってます?ランカウイ。
タイのテレビで見た、マレーシア航空のCMでランカウイ島が出てて、あたしてっきり相当な秘境だと思ってました。
で、島は金がかかるからやめとこうと思ってたんですが、訪れたアロースターとか言う町が、本当にうんざりするほど何もないところだったので、仕方なく近くにあったランカウイに行ってみた訳です。

もうびっくりですよ。
すごく清潔で整然としていて、ショッピングセンターはバカでかいし、そこで両替しようとしてたら後ろから日本語で
「急な買い物でねえ、今日は両替3回目なのよ!」
と突然一万円札握り締めたおっさんに話し掛けられ、急な買い物って一体どういう事なんだろうと首をひねるばかりでしたよ。

しかも現地在住の日本人の奥さんの話では、この島はボる人がいないって・・そんな場所、日本以外に有り得るんですか?
確かにタクシーなんかは全部定価だったし、日本語で話し掛けて来る人も、ただ話をしてスタスタ去っていくし、ここは平和ボケしまくった日本人にはうってつけの場所ですよ、今んとこは。

今日はこのリトル中華街みたいなハジャイを散策します。
ではでは。さいなら。


2003年01月15日(水) カオリ、明日からマレーシア

やあやあ、みなさんお久し振りです。
友達が来た一週間、非常に早く過ぎていきました。
MBKや動物園など、自分らとしては実にお馴染みの場所に連れて行ってみたり、都会の人波と騒音と排気ガスに実に疲れ果てたのでチャン島に行ってみたりしてましたです。

最近、カオサンから出るツアーバス、随分順調に時間通りに出るようになりましたね。
昔はオーバーブッキングで、何で俺が乗れないんだとか、揉めまくってましたが、そんなこともなく非常にスムーズな発車でした。到着も時間通りで。
チャン島は思ったよりもキレイなところではありませんでしたが、川で泳いだり象さんに乗ったりと素敵な時間を過ごしたもんです。
象さん代は1時間500バーツと、ゾッとするくらい高いもんでしたが、象さんに乗るったって、どうせ背中にくっつけた椅子に座るだけだろうとお思いの皆さん、ところが私、象さんの首ねっこに乗っけてもらって象使い気分を味わったりできて、かなり満足な経験でしたです。
そう、それがやりたかったんです、それが!椅子じゃなくてじかに首根っこに座りたかったんです!
しかもお礼にとパイナップルを食わせてあげて、「象さん!」と年甲斐もなく鼻に抱きついたらパイナップルと一緒に手まで食われかけるというハプニング(オチ)まで。

むっくんが一番楽しみにしていた川遊びでしたが、どうやら彼が思った以上に水が冷たかったらしく、うっかり苔で滑り、回転しながら川に落ちて震えたあとは大の字になって熟睡して終わるという、彼にとっては何とも不本意な経験となりました。
あたしと友達は普通に大はしゃぎでしたが、やはり人間、自分の足のつかないところはとても怖いので、物凄い速さで通過したりするもんです。

その後は白人がやたら行きたがるロンリービーチなる浜に向かいました。
汚らしいヒッピーみたいな白人共が集う長い浜でしたが、やはり奴らの集まるところにはハズレは少なく、水もまあまあきれいな快適な所でした。

友達が帰ってからは、金を使うまいとして毎日部屋で食パン食って暮らしています。
食パンって、何で食パンって言うんでしょうね。
だって食つけなくたってパンなんだから食べるの当り前なのに。
誰か理由知ってたら教えてください。
食パンっつっても、パンダンブレッドとかいう、何か薄緑色の草の味のする食パンだから、多分栄養あるやつだと思います。
それにバターつけて、オバルティンというほとんどミロみたいな麦芽飲料飲んで、朝飯は終わりです。
すごいかわいそうな子みたいに聞こえるかもしれないけど、結構毎日楽しみです。
外食は1日1回、2回もまあ安ければ(1人100円以下)よし。
本気で、金がヤバイようなんです。
宝くじ当たってればいいんだけどなあ。

とか言いながら、今日はバンコクインターナショナルフィルムフェスティバルの一環の、タイショートフィルム見てきました。
何ともいえないオチの中途半端さが、逆に心に引っかかります。

明日からはマレーシアに行ってきますです。
このままじゃオーバーステイになってしまいますのでね。
気が向いたら、ランカウイ島でまたリゾート気分満喫してきます。
はっきり言って本当に金はないんですけどね。
せっかくマレーシアに行くんだからもったいないし。
完全にカードに頼る気満々ですね。
ま、何とかなるだろ。

今日もまたまとまりのない文章になりましたが、ここらで失礼します。
いつもね、書きたいこと沢山あるんだけど、ネット屋だと時間気にしてるから、なかなかちゃんと書けないです。はは。言い訳した。


2003年01月09日(木) カオリ、友達に会ってウキウキ!

やあやあ、どうもどうも。
ここ最近パっとしない毎日が続いておりまして、ちょっと日記を書く気にあまりなれませんでした(あと、ネット屋がいつも黒んぼでいっぱい)が、昨日、日本から友達が来まして、楽しい所に連れて行ってあげようとハッスルしています。

友達には空港で無事に会えて、タクシーはやはり高いのでと半ば強引に、しかし「あんまり止まらないから、走って乗り込むんだよ」と説明はした上で赤バスに乗り込みました。
乗って、席を確保できたものの、途中車掌さんがむっくんに何やら話しかけておりましたので、「お金は払ったよ」とチケットを見せましたがそうではないらしく、「このバスは途中で止まる」ということを教えてくれたようで・・・・。

仕方なくバスを降りるとすぐ後方に赤い26番バスが。「26がその先まで走る」ということなので、そのまま乗り込みます。
26番というバスは、あたしの持ってるバス路線マップには載っていなかったので、結構ドキドキしとりました。うちらだけだったらいいんですが、何せタイが初めての友達が大荷物持ってるので、「どうやら方向はあってるみたいだから、このまま進んでくれ、進んでくれ・・・。」祈るばかりでしたが、祈りむなしく、まっすぐ行ってりゃいいのに、チャトゥチャック公園を過ぎたところでバスは大きく右にカーブしました。全く知らない土地にまっしぐらです。
そして薄暗い折り返し地点でUターンなぞしやがって、空港方面にまたもやまっしぐらに進みます。
いやいやいやいや!もうやめてえ!

たまりかねてその場ですぐさまバスを降り、「さて、と・・・」
ひとまず3人で一服です。
すぐ近くの商店の、思い切り前傾姿勢で客を威嚇しているミッキーみたいなマスコットで大笑いして心を落ち着け、反対車線で結局タクシーを拾うことにしました。
なかなか広い道路で怖気づいてまごまごしていると、突然現れた色黒の髪の毛が鳥の雛みたいなおじさんが「ついて来い!」と我々3人を率いてくれました。
スイスイーのスイーとおかげでスムーズに横断することができ、御礼を述べてるとすかさずタクシーが脇に停車。
「パンティッププラザ」とうちの近所の一番のランドマークを指定して走っていただきました。

結局のところタクシーに乗ることになりましたですが、バスでひいこら南下した努力が実り、たったの70バーツで済みました。
空港からちゃんとしたタクシー頼むと、2,300バーツプラスなぜか50バーツ取られるんですよね。
そう思うと、まあ、あの、まごつき加減も無駄ではなかったようです。

しかし、バスばっかりに乗っていながら、ここまで弄ばれたのは初めてのことでした。
やはりバンコクのバスは浅草花やしきのジェットコースターくらいはドキドキします。

日本では最近、小学校を建て直すとか建て直さないとかで大ニュースになってるようですね。
まあ、平和なのはいいことです・・・。
バンコクも見た感じ、毎日平和です。見た感じね。
今日はいつも歌を歌って小銭を稼いでいる盲目のおっさんが、音楽だけかけっぱなしで座ったままぐっすりと昼寝をきめこんでいたのを見てなかなか笑いました。
「金いらねえのかよ!」


2003年01月04日(土) カオリ、プラトゥーナームに引越し

いやいや、バンコクワールドトレードセンターでの年越しエベントはそれはそれは大盛り上がりでした(一部)。
あんな人ごみここ数年見てないってくらいの人ごみでして、バンコク中の人が集っているんではなかろうかと思ったほどです。

ワールドトレードセンター前にステージやビアガーデンがあり、そこの向かいの車道まで、なかなか前に進めないくらいの人の大渋滞。
しかもメインエベントの花火はそのワールドトレードセンター屋上から上がったらしく、あまり見えないし、たまに1分くらいの変な間がある上にクライマックスもはっきりしないので、人々がみなもう終わりなのかそれとも間なのかを何となく窺う様子がとても笑えました。

1時くらいには人が引き始めましたが、車道はまるで、暴動直後の街みたいでした。
あのゴミの量・・・日本だったら翌年にはエベント中止です。

さて、今日はやかましいが便利な安宿街カオサンから引越しです。
もともと今回の旅行は、バンコクに住んでるみたいにしたいというのがメインだったので、ひとまずカオサンからは抜けようと、プラトゥーナームにあるファーストハウスホテルという、月極め料金を出している所に居を構えることにしました。

本当はアパートがよかったんだけど、なかなか1ヶ月程度では契約が難しいだとか、英語が通じないとか、タイ人のコネで探すもんだとか、そんなことを聞いていたので日本にいるうちに予約ができて、安くて、都心に近いところをネットで探しまくった結果、ここになりました。
ネットで予約したので、来るまでどんなところかもよくわかりませんでね。
しかも、プラトゥーナームなんて場所すら行った事がなかったもんでしてね。
来てみてびっくりですわ。
高級ホテルが周辺に多く、高級デパートも近いので、てっきりうちらには似つかわしくないいかにも高級エリアだと思ったら大間違い。
特にファーストハウスのあるソイ(路地)はこれまたゴミゴミしていて、なぜかアフリカ人が多く、想像とたいそうかけ離れていたもんで少し引きました。
さっきもナイジェリア人に、「日本に行きたいんだけどビザが」
なんて話を持ちかけられ、ランチのお誘いを受けましたが軽く流しました。
「何で日本に入るのに、あんなに厳しい審査があるんだ」
なんてあたしに言われてもさ。多分みんな働いちゃうからだろうな。
しかし庶民の生活ってのはこんなもんだからね。露店が多くて歩きにくいのは嫌だけど、まあよしとしましょう。

スタンダードルームより1000バーツ高い、7500バーツのミニ・スウィートとかいうロマンチックなお部屋を予約しましたです。
そしたらあなた!
スタンダードの部屋にはある窓が、窓がない!
予約の際にリクエストすればよかったんだろうけど、何せ予約できるようなホテルで窓がないとは夢にも思わなかったもんですんで。
いや〜、窓がない安宿には慣れっこですが、これから1ヶ月滞在するホテルで、ホテルで窓がないって結構痛い。
しかもうちは新館の7階ですが、7階と8階だけ、本館につながる通路がないので、他の階に移動してから本館に渡り、外に出るという、何とまあアンコンフォタボーな事!
それは知っていたから下の階にしてくれとリクエストしたのに、それすらも受け入れられず。

もう、何でもいいよ、ほんと何でもいい。
起きて今朝なのか昼なのか雨なのか晴れなのか、わからなくたっていい。

さっき露店に、すごく大きな窓の外に広がる(窓フレーム付き)ひまわり畑のポスターがあった。本気で買おうと思った。っていうか、今から買いに行こう!
あれさえ貼れば、いつでも晴れだし。

さあ、腹が減ったからメシ食いに行こう。
東京は今日も雪ですか?



↑↓ここら辺クリックすると来世で金持ちになれます

にほんブログ村 旅行ブログ アジア旅行へ にほんブログ村 旅行ブログへ
| 【旅日記】その他アジア | comments(0) |
2002/12の日記



カオリの日記
旅行中心の日記。
その他、日々の愚痴等。

2002年12月31日(火) サワッディーピーマイ!

だっけな?
タイ語の、あけましておめでとう。
年の瀬も年の瀬、明日からは新しい年が始まるってのに、タイではそこかしこでクリスマスグッズが売られています。
クリスマス向けらしきイルミネーションもまだまだそこかしこで見られます。
ま、キレイだからよしとしましょう。
昨日はバスで30分くらいかけて、スクンビットという日本人が多数お住まいの地域まで出向いて、古本屋に本を買いに行きました。
そこに売られていた、古ぼけた表紙の「幼児虐待のドキュメンタリー」。
二度見してしまいました。
バンコクに来て、考えることはいろいろ・・・。
世の中いろんな人がいるもんです。

そしてバスで帰る途中、ゲイソンプラザという超高級デパート(一体タイまで来てどんな人が行くのか、不思議な程高級)の前で、象さんが!象さんがのろのろと歩いているところを発見、一人で大狂乱。狂喜乱舞。
その後カオサンの裏通りでも、小象が!小象が!
何度もバンコクに来ているのに、バンコクで象を見たのは昨日が初めてでした。
もちろんそれは、象使いが観光客に餌を売って稼ぐという商売なんですけどね。
正直、正直、めちゃめちゃ餌あげたかったです。
バスも途中で降りようかと思ったです。
でもここで餌買って象使いに稼がせると、ますますバンコクに連れて来られる象さんが増える訳です。
バンコクでは交通事故に会ったり、ごみのビニール袋などを食べてしまって病気になる象さんがたくさんいます。
なのでこれ以上バンコクなんかに来ちゃだめなのです。
バンコクで象さんを見かけても、餌あげないで下さい。

昨日、今年初めて夜中のカオサンに出てみてびっくり。
竹下通りみたいな人出ですよ。しかも9割タイ人の。
ちょっと前までここは、ツーリスト通りで、タイ人の中ではほとんど知られていないような場所だったのに。
今ではあなた、完全なるトレンディスポットですわ。
年がら年中お祭り騒ぎのこの通りが、今まで知られてなかったってのもびっくりですが。

とにかくやかましいです。
さっきも、部屋でだらだらしてたらどこで繰り広げられてるのか、管楽器弦楽器の生演奏が特大音量で聞こえてきました。
1回寝たら10分以上たたき起こし続けないと起きないむっくんも、起きました。

あたしも年をとったか飽きたか、できるだけこのカオサンを避けるような兆候が見られます。
ファラン(白人の意味)みたいに訳のわからない民族衣装を身にまとったり、カフェやバーでビールかっくらったり、浮かれられりゃあ楽しいのかもしれないけどね。

関東また雪ですかい?
いやあ、ほんとよかったですよ、12月に脱出して!ははは!
こちらは、乾季だというのに結構蒸し暑くて、昨日は雨も降りました。

今日はこれから、なぜか昨日タイ人の紹介で仲良くなったイタリア人と食事したあと、よくわかんないけど花火とかあるらしいので、ワールドトレードセンター(ショッピングセンター)あたりに行ってみようと思いますです。

ではみなさん、よいお年を・・・。


2002年12月29日(日) カオリ、ぬかるみにはまる

もうー。
今回の旅は微妙についてないことが多いです。

昨日、ビエンチャンからバンコクへの超VIPバスに乗りましたです。
ラオスのバカ役員が、むっくんのパスポートにスタンプ押すの忘れて、再度最後尾に並ばされ、
乗る途中、ビーサンをはいていながらふくらはぎ中ほどまでぬかるみにはまり、
ラオスの馬鹿のおかげでバスの席は隣同士で取れなかったので、むっくんはメガネばっかでかい東洋おっさんの隣に座ったはいいが、夜通しもぞもぞ動きまくり、いびきをかきかき。
あたしは階段から思いっきりバッグを落とし、サングラス紛失。
そして今日は、中国でサインしつつもあまりに待たされ途中で両替をやめたTCを使おうとしたら怒られた挙げ句に両替できず。
サインしちゃったらもう絶対両替できないのかな。
だったらかなりキツイ。
それとカオサンの裏通りのいつも麺を食ってたおばちゃんの店の敷地半分以上が旅行会社になってたし。
これは相当ショック。

どれもこれも、全部あのラオス馬鹿のせいだよ。
まったく、ついてないったらありゃしない!

ま、強盗にあったわけでもないからいいか。

ひとまず、カオサンは人が多いです。
相変わらず欧米の馬鹿は半裸で闊歩してますが、デパートまでできて、宿はやたら値上がりして、めまぐるしい変化にもうびっくりですわ。
ここもだんだん安宿街じゃなくなってくるのかな。


2002年12月24日(火) カオリ、メリークリスマス!

世の中アホどもがクリスマスクリスマスと浮かれているであろうイブですが、わたくしも、どっかで白人が大騒ぎしてやしないかとワクワクしながらこの小さい街をうろつきましてですね、そしてふと気づいたのですが、
イブに騒ぐのは日本人だけだったんだ!
今日はみな、普通にチャーハンを食って、ビアラオ(ラオスで一番有名なビール)かっくらってました。
なのでうちらも、パイナップルジュースとスイカジュースかっくらいました。

夕日を見た後、「マリファナ、マリファナ」とトゥクトゥクドライバーからお誘いをうけ、横では白いお粉と錠剤のやりとり、むっくんの後ろでは欧米中年とラオス女性の売春という環境の中でいつも通りチャーハンを食べ、今日も至って平和なビエンチャンです。

ゲストハウスに帰ると、ハノイから一緒に来たフランス人やらスウェーデン人やらがマリファナパーチーしていたので、入れてもらいました。
でっかいパイプだったんだけど、よくあんなもん持ち歩くよなあ。だから荷物がでかいのかしら?

明日はヴァンヴィエンという、洞窟探検とか川くだりとか、楽しそうなアトラクション満載の田舎に行ってきます。
クリスマス?
仏教の国でクリスマスも糞もあるかってんだ。

さて、明日は早いのでそろそろおいとまします。

しかし、どうしてラオスだけ、黒人やらラテンやらの旅行者が多いんでしょう。どなたか教えてください。


2002年12月23日(月) カオリ、遠回りされる

ハノイから昨日の夜中、ラオスの首都ビエンチャンに到着しました。
本当なら夕方には着く予定だったのに、ベトナム人のいつものがめつさから、遠回りされたって寸法ですよ!

ハノイのカフェでビエンチャン行きのチケットを取得して、フランス人やらスウェーデン人やらとオンボロバスに乗り込みまして、夜出発。
早朝無事に、3メートル前が全く見えないほどの朝もやの中国境を越えました。

壁みたいな岩山の山脈、きれいな川、民家や赤土なところはカンボジアみたいにみすぼらしげだけど、緑と山が多い。

ベトナムの国境からビエンチャンまでは、西に向かっていけば着くはずなのに、太陽の向きで何やら南下してることに気づきました。
地図で見てみて下さいよ、皆さん。
サバナケットという超南部の町経由、ビエンチャン行きだっつうんですよ。途中でいきなり。
ほんとに地図見て見てください。ありえないから、そんな経由。

で、サバナケットのむさ苦しい男が集う民家に着いたと思ったら、男たちが車体の下へもぐり、ものすごい量の電気ドリルを取り出すではありませんか。
まただ。
まーたうちらは、物資を運ぶついでに乗せられてきたんだ、このバスに。
20ドルもの高い金払って、夜中はベトナム人ドライバーの大声なおしゃべりにぶん殴ってやろうかという気持ちを押さえて丸くなって眠り、来たくもないサバナケットまではるばる付き合わされたと思ったら、この野郎、今度は一人シャワーなぞ浴びてやがる!
ほんとは今ごろビエンチャンに着いてただろうに。

フランス人がドライバーに、メシ休憩はいつかと聞くと、「7時」と言われたそうだ。あと1時間半。なので、近くの店にパンを買いにいく。
ラオスの通貨、キップを持っていなかったので、食パンとクラッカーをほかの人に分けてもらう始末。昨日まではジャム入りクッキーなんて高級なもん食ってたのに。

犬と遊んでいると、ひとっ風呂あびてどうやらついでに一杯ひっかけたらしい馬鹿ドライバーが「ほれ、さっさと行くぞ!」と言わんばかりにクラクションを鳴らしやがる。
乗るやいなや、5分もしないうちにまた停車して「メシを食え」。
フランス人はキレて、「7時ってあんた言ったでしょ?だからみんな食べ物を買いにいったのに!」
英語のよくわかっていない糞ドライバーは意に介さず。
誰も食堂には入らず、そばでおばちゃんがクレープを売っていたので皆群がる。

ぶつくさ言いながら、ごろごろごろごろしてると、7時間後、比較的ほかの所よりも明かりが多い街に出た。これぞビエンチャンか・・・。

わっけわかんない街のはずれでバス停車。
「ビエンチャン!ビエンチャン!」
みんながここはどこだと地図で確認しようとしていると、阿呆ドライバーが早く降りろと急き立てる。
英語が喋れねえなら黙っとれ!
マジで帰り道、事故れ。絶対。
車内に唾を3回吐いてきてやった。

おっと!
突然ですが何か夕日がキレイそうなので、メコン川行ってきます!


2002年12月21日(土) カオリ、太る

東南アジアでは氷の被害が心配!
発音が悪いと「ブラックティー」と言っても通じない!
そこでお手軽なのがペプシやコカコーラ等の世界共通炭酸飲料!
これだったらどこにでもあるし、発音が悪くたって絶対通じます。

ティーと言うと、ホットとかアイスとか、氷入れるか砂糖入れるかとか会話が面倒でしょ。
アイスティー頼んだらそのうち3分の1くらいガムシロだったりするし。
で、ですよ。
何にしようか咄嗟に聞かれて困って、じゃ、「ペプシ」
で、確実にカーゴパンツきつくなってきました。

しかももう3週間旅行してるのに、観光したのはたった1日。
ほかは毎日食って飲んで歩いて写真撮っていろんな非常識を笑って寝るだけ。
暇は太ります。

タイに行ったらまた海に行こうかと思ってあずき色の水着は持ってきたけど、このままじゃ着れない。
ハノイでよく見かける、演歌みたいのかけながら身体検査の時のやつくらいでかい体重計押してる兄ちゃんも、きっとびっくりだ。
1回計ってもらった方がいいかな?

昨日は競歩で、30分、サーカスを観に行った。
去年と合わせて行くのは3度目。
去年は真っ暗でやってなくて(DIARYのページ、ハノイのとこ参照)、おとといは受付のおっちゃんに「明日とあさって8時から」と日程表を紙に書かれてまた退散、じゃあ今日はやるんだねと早足で意地でもタクシーを使わずまた歩いていったら昨日と違う受付のおっさんに
「ノー、トゥデイ」
じゃあいつやってんだよ!

すぐそばのゲーセンで汗を流し、今に至る。
ハノイ最後の夜は、ゲーセンかよ。

明日は初めてのラオスです。
今回唯一の新しい場所だから、楽しいといいけど。
ラオスのロンプラ(もちろんコピー、3ドル)も入手し、新たな地へと思い馳せます。

世の中もうすぐクリスマスですね。
ハノイでも外国人が来そうなカフェでは、クリスマスパーティーをやったりするみたいです。
サンタのお面つきサンタハットも、よく歩き売りされていて、確実に交通の妨げになっています。
質素な仏教国ラオスで過ごすうちらは、きっとクリスマス当日になってもそんなこと忘れてそうだな。

ハノイでメインにネットしてた(今も)のは、クイーンカフェという、欧米野郎たちが集まる、外国人ズレした愛想の悪いウェイターが多い(1人だけ、とても気のいい奴もいる)場所。
なぜか今後ろで、ハノイ名物ミニ水上人形劇が開催されているが、誰が誰の為にやっているのかわからないくらい誰も気に止めていない。

ベトナムに来ると、いつも何だか見下されているような気がする。
特にここだな、クイーンカフェで。
注文するときもいつもだっるそうなんだな、ここの男。
欧米女の時はにっこにこしてるくせにさ(でも、いつもにこにこと応対してくれる兄ちゃんもいるよ)。
日本人は他のアジアの国の人を見下すというが、絶対に日本人の方が見下されてるような気がするんだけどな。
毎日このカフェに来てるからかな。
話し声小さいからかな。
っつうか、ベトナム人が話し声でかすぎるんだよ(しかも英語になるとぼそぼそするのでこちらよけいに理解難しい)。

でもこのカフェ、ネット代一応1時間4000ドンで、ただでさえ安いのに、自己申告制で自分でマネー(honest)ボックスに金入れる仕組み。
「スタッフはみんなビールを運ぶのに忙しい。なので両替とか言われると困るから、小銭ちゃんと持ってきてよね」
だそうだ。
黙って座ってネットやって、黙って金入れて帰る。
何だか日本風なそっけない仕組みだな。

ちょっと卑屈になってみました。
もうすぐラオスへと出発でございますので、メシでも食いにいくかな!


2002年12月18日(水) カオリ、ハノイで時間を無駄に過ごす

こんちはあ、みなさん!
ハノイは今日はとてもよく晴れ、半袖でも十分な素敵な1日です!あはは!
しかし何事にも興味を持てぬ毎日、実に無駄に過ごしています!
かなり疑問に思いながら過ごしています!

しかし昨日は去年工事中だった所に新たにデパートができているのを発見し、爆笑の渦に巻き込まれ、とても愉快でした。

まだ完成しきっていないガラッガラの店内には、ベトナムブランドの化粧品やら、海賊版のファミコンソフト等、どうでもいいようなテナントばかりが並びます。

上のフロアにはスーパーがあり、見事なほどの「何これ」グッズの宝庫となっていました。

日本製「アップルビスケットクッキー」(かぶってるよ!)
日本製「おいしいウエリース」(恐らく、ウエハース)
型紙の作り方を間違えた為か、ものすごい胸筋のピカチュウらしきぬいぐるみ、
口が半開き、目が左右上下逆にイッちゃってるダチョウのぬいぐるみ、
15キロくらい体重増加のペコちゃん&ポコちゃんの絵のマグカップ、
粒が細かすぎて気持ちが悪い蓋つきのトウモロコシ型赤ちゃんコップ、
ライトアップされながら、ガラスケースの中でくるくる回る高級感たっぷりのパンテーン、

畜生、もっとたくさんのヤバイ物を見たのに思い出せない。
ここには書ききれないくらいの「何これ」を堪能しました。
そして、「これだ!これが旅の醍醐味だよ!」と、久しぶりに旅行の楽しみというものを実感しました。
やっぱり、東南アジアはコレがやめられませんね。

中国で爪先のカパカパ開くボロ靴の為、雨の日に風邪をひいたむっくんも少し回復してきました。
一時は、「デストラーデとペタジーニが巨人で同時に三塁をかぶりながらも守り、秋山までもが巨人に移籍する」という悪夢まで見たむっくんでしたが、暖かいハノイに着いて多少よくなってきたようです。
よくなってきたと思ったもつかの間、今日は旧市街で道に迷い、多量の排気ガスを吸い込んでまた、今部屋で寝込んでます。
治ってないじゃん。

「夏至」っていうベトナム映画観たことありますか?
三姉妹のそれぞれ秘めた想いがどうとかって映画なんですけど。
それが今あたしのいる、ハノイ旧市街が舞台になっている訳なんです。
とてもみずみずしくて、静かで、美しい映像なんですわ。
それを見て、ハノイに来たいと思った人、やめた方がいいです。
むやみにビービーうるさいバイク、「ハロー」とひっきりなしに声をかけてくるモトバイ、ものすごい排気ガス、駐車中のバイクで溢れて歩けない歩道。
あんな世界はどこにもないです。
あれを見た後に初めてハノイに来てたら、あたし多分ハノイ嫌いになってました。
なので、観てない人は、ハノイに来る予定があったら帰ってから観てください。

今日しばらく歩いてて、本当にどこにもあんな世界はないなと思ってしまいました。

しかし、街を歩く欧米の爺婆の4割は見ててイライラするほどの巨漢です。
どうしたらあそこまで肥えるものか。
さて、暇だけど今日はここでおいとまします。


2002年12月17日(火) カオリ、やっぱり滝を通過する

ハノイに昨日到着して、やっとホームページ見れるようになりましたです。
一時は相当パニくったもんですが、一体どういう障害だったんですかね。あたしのページだけ見れないだなんて。

去年と全く同じルートだもんで、相当だらけております。
新鮮なことも特別なく、今日なんてハノイ着いてまだ一晩しか経ってないのにいきなりネットやってますもんね。
ちょっと同じルートなぞるの早すぎました。
今日は何しようかな。

おととい、陽朔を出ました。
仲良くなった人達に、「持てないって!」ってくらい果物をもらい、やはり持てなくて桂林の荷物預かり所の人におすそわけ。
桂林から6時出発のバスは、去年とまるきり同じく8時に出発。
寝台バスの寝台は、縦は150センチのあたしが足を伸ばして小さいリュックを置いて丁度、横は普通の成人男子が足を曲げられるか曲げられないかのサイズ。

欧米男子が数人いましたが、その中のいかにも気難しそうな中年は、
途中でバスを乗り換えなければいけないということも、途中の街で4時間待ちなことも聞いていなかったのもあり、明らかにイライラ。
うっかりあたしが、一度ここは通ったことがあると言ってしまったもんだから、
「ここからどれくらいだ」
「なんでそんなに待つ必要があるんだ」
バス会社に聞いてくれよ。
「このドライバーは何と言っているんだ」
中国語わかんねえっての!
「ここで両替する方がいいのか」
必要ないと教えてあげてんのになに目の前で200元も両替してんだよ!
めんどくさい。
しかもこっちがカタコトの英語で、一生懸命教えてあげてんのにありがとうの一言もねえ。
ちょっと考えながら喋ろうもんなら、
「は?」
だよ。こちとら英語教育のなってねえジャップだっての!
途中事故があって、3、4時間くらい到着が遅れたもんだから、彼のイライラはほとんどピーク。
ほかの若者は感じのいい人達だったけど、彼が嫌でさっさと国境を越えました。
気の強い欧米人だから、何とかなるだろ。

そうそう、行こうと考えていた徳天瀑布という巨大な滝、やっぱり面倒になってやめました。
「夏に行った方が水が多くていいよねー」
と、怠慢な自分に言い訳をしてみたり。

ベトナムの国境から、ハノイまでのバスが出ている街まで車で20分。
グアムあたりで最近発見されて、「日本は負けたのか?」とか言いそうなタクシードライバーにそこまで80元(1200円くらい?)で行くと持ち掛けられた。
ふてくされて座り込むこと5分、60元に下がった。
少し黙り込んでみるが、もう面倒になってそれで行くことにした。
高いよ、日本と大して変わんないじゃん。

しばらく車で走ると、山の中から黒いビニールに包まれた荷物が落石のように転がり落ちてきて、後から人が続々と出てきた。
ドライバーいわく、「中国からの密入国者さ」
素っ頓狂な状況にわくわくした。

道端にぽつんと一つ、ミニバスが止まっていた。
「これがハノイまでのバスだ。いいか、もし35万ドンと言われたら30万まで値切るんだ。ドルだったら一人10ドルが適正価格。」
と、グアム帰りは親切そうに言うが、5万ドンで行けるって聞いたんですけど。
しかし、こんなまわりに何もないところで降ろされ、街まではまだ距離がありそう。
ほかのバスを探すこともできない。
ベトナムって・・・だんだん日本に帰りたくなってきた。

値切る気力もなく20ドル払い、さあ行ってくれ、と偉そうにふんぞり返るが、なぜかまっすぐ行けばハノイに着くものの、わざわざ一旦街に戻る。
ねえちゃんやにいちゃんやおっさんやおばちゃんが入れ替わり立ち代わり乗ったり降りたり乗ったり降りたり、街を3周し、なぜか膨大な量の衣類や中国製手袋をシートの下までぎゅうぎゅうに詰め、手伝わされ、ハノイ方面に向かったのは乗り込んで2時間たったときだった。
値切ったって値切らなくたって、うちらの扱いは同じなのね。

「ねえ、むっくん、さっきのタクシードライバーとこのミニバス、グルだよね」
「うん、きっとそうだよ」

2人とも知っていながら素直に払う、愚かな上客なのに、それでも扱いはこんななのね。

一番後ろの席の女とドライバーが何か口喧嘩を始めた。
この、糞忌々しい衣類を縛っているビニール紐で絞め殺してやろうかと思うくらいに声がでかい。
中国人より声がでかい。
20ドルか・・・やっぱりうちらが馬鹿だったんだ。

衣類とやかましい女は途中で降り、ハノイに着いたと思ったら、
「旧市街まで行くのにもう10ドルだ、これはタクシーじゃないんだ」
いいかげんにしやがれ!この糞野郎が!この川渡ったら旧市街ってのはすぐだろうが!
軽蔑のまなざしでその男を見てやると、途中わけわかんないところで降ろされた。
まあ、10ドル払うよりも歩いた方がいいや。
もう一人の男が追っかけてきて、まだしつこくされるかと思いきや、そこを曲がればすぐだと教えてくれた。
歩くよ、ありがとう。

地図を見ながらひたすら歩くこと20分。
やっと見覚えのある辺りに出てきた。
そして向かうはBao Long Hotel。
以前泊まったところからすぐ近くにある、安いと評判のところだ。

何か古臭い外見ではあるが、感じのよい男性に部屋を見せてと言うと、
「4ドルでいいよ!今ちょっと掃除してくっから!ここに掛けて待っててね!」

10分経過しても彼は降りてこない。
どれだけ長い間掃除してなかったんだ?
だんだん不安になってくる。

30分経過。
ようやく彼が降りてきて、
「さあ準備ができたよ!上へどうぞ!」
とびきりの笑顔で4階へ連れていかれる。
どれだけ奇麗にしてくれたんだろう。
それか、どれだけ元が汚かったんだろう。

「さあ!」
と、見せられた部屋。

ここはカンボジアの刑務所か?
それとも中国のトイレ改造したのか?
今までで見たことのない風景がそこには広がっていた。
染みだらけのおしゃれではない打ちっぱなしの壁、だだっ広いわりに電気はすみっこに蛍光灯一本、洗面所の蛇口はひねると蛇口ごとぐるぐる、白い粉まみれの机と床、エグイ柄の湿ったベッドカバー・・・。

そこの階段の踊り場には、タンスなんだかベッドなんだか、たくさんの粗大ごみが置かれていた。
そして悟った。
ああ、うちらはこの部屋に泊まる最初のお客さんなんだ。
さっきまでここは物置だったんだね。

うちらの引きつった顔を見たのだろう、彼は
「ほら、バルコニーがついているだろう!」
外を見てみると、ほかのビルや家の屋根につもったゴミがとてもよく見え、すばらしい景色を堪能することができた。

1日だけ、笑顔に負けてとりあえずと了承してみたものの、やはり耐え切れず、あたしは1人夜中のハノイを駆け回り部屋を探した。
むっくんが風邪をひいている。あの部屋ではあたしまで肺炎やら肝炎やらマラリアやらデング熱やガンにすらなりかねない。
1つみつけたが、案内してくれた男があたしが出て行こうとするとき、友達に「上まで上がらされて疲れたよ」とかほざいていたので、やめた。

仕方ないと諦め、風呂に入ろうとする。
やっぱりそんな元物置でお湯が出るわけもなく、やんわりと猛烈に抗議してドミトリーに移動した。

そして今日、晴れてマトモなツインに落ち着くことができた。

2日間ネタだらけで、いやはやこれ書くのに1時間近くかかりましたです。
正ーーー直、ほんとに早くバンコクで落ち着きたいです。
でもせっかくだから楽しまないとなあ。
今日の夜はサーカスでも行っちゃおっかな!
途中にゲーセンあるからそっちにも行っちゃおっかな!

じゃ、昨日の悪夢を全て吐き出したので、遊びにいってきまあす!


2002年12月12日(木) カオリ、陽朔に沈没

数日前からここのパソコンからあたしのサイトだけが見ることができず、今日はひとまず日記レンタルのサイトから飛んできたという状況・・・。
結局、どこのリンクからも自分のサイトに飛べないんですが、日記だけはこの通り書けそうなので、ここ最近のことをまとめて書きます。

掲示板とかに書き込みしてくれてる皆さん、返事書けなくてごめんなさい。

さて、今日は12月12日であってるんでしょうか?
何日でしたっけ?何曜日ですか?
ここに来て何日経ってるかももう定かではありません。
確か、日曜に香港を出て、そのまま広州をスルーして、その夜の豪華バスでここ、中国の中の西洋天国、陽朔に着いたわけです。
それもかれこれ5、6日くらい前なのか?

去年もここに訪れまして、1週間程度の休息タイムをとりました。
10日だったかな。

1年半で、ずいぶん変わりました。

まず、ホテルが完全に供給過多。
今はローシーズンで、旅行客が少ないせいもあるかもしれないけど、どこもかしこもホテルホテルホテルに鞍替え。
西街という、旅行者向けの通りがあって、そこが中心となり、裏通りの地元の人の生活の場所にまで、ホテル建設はどんどん進んでいます。
あたしはそのローカルとツーリスト向けの場所の対照的なところが好きだったのに、どんどんその境目がなくなってきています。
完全にここはアウト・オブ・陽朔だろう!と声を大にして言いたくなるような場所にも、ホテルホテルホテル。

あたしが着いたとき、まだあたりは真っ暗で、どうしようもないので客引きについていきました。
まだ新しくてキレイで、あの値段(80元)では完璧とも言える設備でした。
しかし次の日歩いて場所を確認してみると、そこはなかなかアウト・オブ・陽朔な場所で、へっぽこカオリが大好きな西街には歩いて10分もかかるところでした。
しかも1階にカフェも何もなく、食堂も近くになく、しまいにはホテル経営者は全く英語がしゃべれないときた。
ちょっと、誰からホテルが儲かると聞いたのか知らないが、確実に急ぎすぎであります。
それと観光地の場所の写真を見せながらひたすら中国語でまくしたてる、だけの押しまくり型ツアーガイドも続出です。
本当に困ります。せめてカタコトでも、英語喋れるようになってから日本人に話し掛けてください。

ところでこの数日?5日?6日?
ずーっと、ダラダラしてました。
何とむっくんが、去年タイで購入したものすごい海賊コントローラー(ファミコンソフト40本分くらい搭載)を持ってきやがったもんで、夜はそれでグラディウスやボンバーマンで今中国であることを忘れたりしてます。
日本人の若者を見つけたので、彼らの格安ドミトリーに遊びに行き、ホテル内なのにあまりの寒さに焚き火をしてみたり、一緒に食事に行ったり。
あとは去年仲良くなった人たちに写真を渡したり、ひたすら散歩したり。
今宿泊中のバンブーゲストハウスの人たちに、
「こいつら何しにここに来たんだろう」
と思われてることは確実です。
だって、絶対昼まで部屋にいるんだもの。
外に出たかと思えば寒くて1時間足らずで戻ってくるし、ツアーにも出ないし、

いや、昨日そういえば去年ガイドしてもらったサリーちゃんに龍勝というところに連れていってもらいました。
棚田(何て読むんですか?タナタ?)を見に、山を登ること30分。
棚田を見るのに更に山頂まで普通行くんです、普通。
不摂生がたたり、もう山頂までは無理だと悟った我々は、チケット売り場の前で
「イナフ」
と一言。
別に30元を惜しんだ訳ではありません。
本当に無理。
で、そのまま帰ってきました(しかも帰りはバスで下山)。

そして今日はまた、休養日と称し、もちろん近所を散歩するのみ。
陽朔に来た日本人には必ず話し掛けないと気がすまない、羅先生のところに行きました。
びっくりしたのが、何と今では彼は社長であるということ。
一体何の社長なのかはよくわかりませんが、社長なんです。
多分グローバルカフェという名のカフェ兼日本人宿のボスであることを表現してるに違いないとは思うんですが。社長て。

そんなわけで、毎日何をしたのか覚えてないほど何もしていません。
もう1日80元、宿に出すのもこれ以上はもったいないし、何たって寒いし、越冬の意味ないし、やることないし、あさって(15日、ということは今日は13日?日付間違えた)にはベトナム方面に向かいます。
その前に、ベトナム国境にある、でっかい滝でも見にいこうかと思ってるんですが、この調子じゃめんどくさくなってまた通過しそうな気がしないでもないです。

では、今日はこれで失礼します。
ハノイに着いたら、ちゃんとホームページ見れるようになると思います。


2002年12月08日(日) カオリ、香港から出れない

さっき、これから行く予定の陽朔の町の気温を調べたら、来週から最低気温氷点下・・・。
それもあり、中国元を見ていたらとたんに憂うつになり、中国行きは明日に延期。
香港は実に楽で、あったかくて、よいところで、やっぱりこのまま買い物しまくって日本に帰ろうかという衝動に駆られます。
危ない危ない。

今日は気が抜けたのか、ぼったくられました。
疲れたからと、日本語の記事が貼ってあるようなところに入ったあたしがバカです、はい。

チムサーチョイのHMVそばの漢口道か楽道にある、新源粉麺茶餐店。
日本語メニューと漢字メニューとの値段がかなり差があり、実際の額だけ出してさっさと出ようとしたら、その日本語メニューよりも5ドル高い値段をおばちゃんははじき出し、文句を言うと自分はここに書いてある値段を打ってるだけだと困り顔。
しかも飲み物まで確実に2ドル高いし、全部で15ドル程度の損。
たかが15ドル、されど15ドル。
オーダー取ったやつを呼ぼうとするも完全にシカト。
小心者なのでイライラしながらこうして店の悪評を広めるばかりのカオリです。

イライラを静めながら、今日は下町モンコック方面へ歩いていきました。
暇なので前を歩いていたおじいちゃんの後をこっそり尾行。
そろそろ怪しまれるなと思ったり、建物に入られたりしたら次のターゲットについていく。
若者とガキは足が早くてダメ。
元気めな老人がベストです。
杖をついているとあまりに遅すぎて追い越さざるをえないことになります。
これが意外と楽しい。
裏通りなんか自然に網羅しちゃったりして、新しい遊びだと思います。

そして着いた先に、おもちゃ屋の入ったビルがあったので潜入しました。
するとすると!
何と、懐かしきゴールドライタン(クリスタルカット)が売られている!
680ドルは金を使いすぎたあたしには厳しすぎたので諦めたのですが、これは香港で一番ほしかった物です。
オークションで買うか・・・。


2002年12月06日(金) カオリ、香港で撮りまくる

おのぼりさんと言われようと、馬鹿だと言われようと、カメラは首からぶら下げるよ!
手ぶらで歩いて、好きなところですぐに写真撮りたいからね!
そんな訳で、今回のあたしはどっからどう見ても初めての海外旅行に出た浮かれポンチです。

香港では今、「の」が流行っています。
「冬の浪漫」「足の彩」前からいろんなところで見るお菓子屋、「優の良品」など、わかってんだかわかってないんだかって感じで、様々なところで「の」を見ます。
その他様々「の」場所で日本語を見ます。
香港「の」人はほんとに日本が好きなようですが、やっぱり香港「の」方があったかくて快適だよ。
携帯も日本「の」みたいにバカでかくなくてファッショナボーで、それだけで1ヶ月くらい住んでみたいくらいです。
あったか〜い、あったか〜い。

むっくんがエアフォースワンを買った。
香港限定で何と1099ドルもしました。
ほんとに香港限定なのか、日本に本当にないのかとても不安でありますが、後で買わずに後悔するのも嫌なので、カードでお買い物。
あたしはサム・リーとジャッキーの生写真をお買い物。
一瞬香港で1週間買い物しまくって帰ってしまおうかと思った。
ブランド物ではないが、買い物というのは実に楽しいね。

夜は香港人の友達、豪さんと待ち合わせ。
夕方もむっくんと2人で来た、深水歩(てへん)にまた赴く。
ここは特別何があるわけでもなく、片田舎の街で外国人はやたらチャリに乗りまくるパキスタン人以外はお目にかからなかった。
西九龍中心という超ローカルなショッピングセンターがあり、トイレに糞が浮いていたり、アイススケートリンク(コーチも頼める)、建物の中に誰も乗ろうとしないジェットコースターがあったり、ここは実に興味深い場所です。

豪さんが案内してくれたのは、何の変哲もないがかなりうまいラーメン屋、亀屋と蛇屋。
かわいい亀ちゃんの看板に相当ブルーになったけど、せっかく勧めてくれるのを断りたくなかったのでこれを最後と誓って初挑戦。
甘い蜜をかけまくって亀ゼリーを食ってみると、おや以外、それほどひどい味でもないではないか。
蛇はうまい。特にスープの中に入っていた椎茸がうまい。

夜の深水歩は暇そうな男がうろうろして実に治安が悪そうだけど、豪さんがいれば百人力だ。
こんな時間のこんな所を歩くのもまた、何もないけど貴重な経験さ。

そして今日は、中国ビザができあがったので取りに行った。
その前に、うちの弟(小6)がいつも親と行くときに泊まるコンラッドホテルに潜入を試みた。
「あなた、入れません」なんて呼び止められたら、しかも日本語で呼び止められたらどうしようとドッキドキしながらショッピングセンターから続く入り口から入ってみると、
「このクソガキが!まだ10歳そこそこのくせにこんな贅沢しやがって!あたしなんか連れてきてもらった時は2段階くらい下のホテルで、窓の下はゴミ溜めだったこともあるんだぞ!」と殴り掛かりたくなるような素晴らしいところでした。
一応トイレに入ってみると、お手伝いのおばちゃんがいない・・・これはチップの必要がない!と、いそいそ用を済ませ、久しぶりに液体石鹸を使い、脇にあったローションまでつけて出てきた。
途中、「ニイハオ、ニイハオ」といきなりコンシェルジュに声をかけられて、この旅で一番ドッキリした瞬間だったが、それは前にいた中国人のおっさんに向けられたものだった。
むっくんはこの瞬間、あたし一人おいてサッと身を隠そうと思ったらしい。

無事ビザも取れましたので、次は中国からお届けします。


2002年12月04日(水) カオリ、香港で幸せ感じる其の二

今日もすっきり晴れてて幸せだ。

中国ビザを取りに行こうと、ビザセクションへ。
昔はワンチャイにあったが、何かで香港公園の裏に移転したと読んだので、道の名前だけ覚えて適当に行ってみた。
いつもそれで何とかなるのだ。
想像以上のすげえ上り坂ひいこら上って、やっとケネディロードに着くがそれらしきものは全くない。
何回も行ったり来たりして、どうもないので、おっさんに聞くと、「ワンチャイにある」と言うではないか!
移転してねえじゃん!

とんだムダ足だったが、ついでに香港公園に寄ってみる。
鳥園がタダだったのでもちろん入るが、これが楽しい!
トサカやヒゲのついた鳥ややたらでかいハトやら、嬉しくて写真を撮りすぎ、少し後悔するくらいに楽しんだ。
茶が飲めるだろうと期待して入った茶の博物館。
結局お茶の入れ方と古代からの茶具の知識を獲得して終了。
飲ませんかい!

ビザセクションに通じるエレベーターの前に、空港にあるのと同じような金属探知器が設置されており、今回は前もってライターもペンも小銭もカメラも手に持って挑んだので、生まれて初めてひっかからずに済んだ。
改装したらしく、めちゃめちゃキレイになっていた。番号を呼ばれたらカウンターに行くという合理的かつ普通の仕組みが追加されているではないか!
むっくんの番になると赤毛のアラブ系が普通に割り込み、係員も普通に対応したのでびっくりした。
ちょうど彼のところの係員は相当厳しい人だったらしく、あれこれ聴取されたらしいが、どうりでずっとその人のところで足止めをくってたアフリカ人が「お前は馬鹿だ。馬鹿でしょうがない。仕事辞めろ。」と罵ってたわけだ。
だからって言い過ぎだ。

最近は茶餐店に凝っている。
これはメシも食える喫茶店だが、これがまた居心地よろしい!
言葉はあんまり通じないけど、何とかなるし、パイナップルパンやたらうまいし、安いし、飲み物だけでもいいし、マックなんかと違ってたばこも吸える。
タバコといえば、香港では女子の歩きタバコが多い。
そこかしこに灰皿がある。
最近喫煙者にとって厳しい世の中になってきたものの、世界では珍しく中国と日本に続いてタバコが吸いまくれるところである。
とはいえ、中国みたいにロンプラに「嫌煙者はガスマスクが必要」と書かれるほどひどくはないけどさ。

路面電車で、一番東の終点まで行ってみた。
何があるわけでもないけど、市場があって、マックがあって、スーパーがあって、、、
ここに来るまでの路面電車からの景色がまたよいのだ。
たった30円で、観光バスのパンダバスに乗るのと大して変わらないくらいに楽しめる。
2階の窓際に座れば、絵葉書のような香港の雑踏も、おかしな日本語の看板も写真に撮り放題。
しかも風が気持ちよく、うっかり2人で眠りこけるところだったよ。


2002年12月03日(火) カオリ、香港で幸せ感じる

昨日の夜中に無事香港に到着しました。
無事とはいえ、毎回ひっかからなかったことのなかった金属探知器にやっぱりひっかかり、あたしだけ引き止められてリュックを開けさせられたり、小さなショックは多少ありましたが。

今回はやたらと嫌な予感ばかりして、たった4時間のフライトで事故んじゃないかなんてヒヤヒヤしっぱなしでしたが、何もなく無事に着きました。よかったよかった。
なぜか乗客は香港人ばかり。日本人は一組しか見かけなかった。
そりゃどうなるかってあんた、大人数でうるせえうるせえ。
しかしユナイテッドの機内食は、経営悪化の為か逆に年々マシになってきた。
昔は客減らす勢いでまずかったからなあ。

悪評高い雑居ビル、チョンキンマンションのゲストハウスに直行すると、前もって電話をしていたのでおばちゃんが夜中1時だというのに待っててくれた様子。
かなり感激。彼女に会う為だけに香港に来てもいいくらい感激。

湿気たっぷりの香港。実にお肌の調子がよろしい。
以前1月に来た時は、コートを着ていた覚えがあったのでいささか寒いのではと考えていたけど、昼間は半袖でも十分です。
ただ、真夏並みに効きまくってるエアコン対策に長袖も必要かも。

昼におきて、外に出たはいいが、イキナリ「何する?」
2日目にして暇とはどういうことか。
とりあえず海沿いのプロムナードで一服二服して、適当にブラブラ。
いいです、いいですよこの気候!

しかしどこに行っても日本語の看板やら日本製品やら、やたら目につく。
HMVの1階には日本人のCD売り場もちゃんとできてるし、ドラッグストアに行けば日本語表記そのままの製品が何でも揃うし、おかしだって「おかしランド」というそのまますぎる名前の店に行けばライオネスコーヒーキャンディーからメルティキッスまで何でもありだ。
そして!日本では発売禁止になった「たあ坊」製品だってここでは買える!少し昔より髪の毛が増えたような気もするが、これはレアだ!

イルミネーションは実にキレイ。
新宿高島屋のチンケなこと!
デザインはあまり垢抜けないが、ダイナミックで思い切った香港の電飾は、ユダヤ教徒並みにクリスマスを嫌う人でも楽しめること間違いなし!

以前ホームページでも紹介したネット屋、サイバースナイパーは大通りに移転して調子に乗っているのか、感じが悪くなった上に日本語入力ができなかった。
なので、マンガもおいてあるUFOステーションからお届けしました。


↑↓ここら辺クリックすると来世で金持ちになれます

にほんブログ村 旅行ブログ アジア旅行へ にほんブログ村 旅行ブログへ
| 【旅日記】その他アジア | comments(0) |
2001/05の日記


カオリの日記
旅行中心の日記。
その他、日々の愚痴等。

2001年05月23日(水) 未だバンコクです

前回の日記で「明日書きます」なんてヘタな事書くんじゃなかった。
あれから1週間くらい経ちましたか?まだですか?
うっかりそのまま、サメット島へ出かけてしまったもので・・・。
バンコクは毎日、おもしろいくらい同じ時間に雨が降り出しますが、バンコクからさほど離れていないサメット島は、毎日たまに曇りながらも持ちこたえてくれました。
ベトナム・ニャチャンでビーチにハマってしまったので、タイでピピ島でも行こうかとかいう話になっていたのですが、片道500バーツ以上するというのですっかり怖じ気づいて近場のサメットにしました。
別に特に理由もなく決まったのですが、カオサンで出会ったおじさんの話によるとサメットというところは「欧米人のおっさん達が、タイ人娼婦と休日を過ごす為にやってくる場所」だと言われました。
実にその通りでした。
そこかしこに欧米デブ+タイ娼婦のカップル。
むしろ普通のカップルの方が少ないくらい。
でも別に、何も支障があるわけでもなし、海は思ったよりもずいぶんキレイだったし、近いし、楽しく過ごせるところでした。
うるさいと言われているビーチでも、シーズンのせいもあるのでしょうがピピ島よりも全然静かです。
ちなみにこの島には犬がたくさんいますが、狂犬病は撲滅されてますので安心してなでまくってあげて大丈夫です。

あ、カンボジアの日記の続きだ。
とにかくプノンペンからシェムリアップまでの道も、結構な悪路だった。
もちろん車にはぎゅうぎゅうに詰め込まれ、エアコンは途中でぶっ壊れ、もうもうと砂煙の立つ中、窓を開けていなければいけなかったのは結構辛いものがあった。
途中の街、コンポントムまでは快適な走りを見せた我らの車だったけど、そこから先の悪路には耐えられず途中で止まってしまった。
コンポントムまでの方が距離は長いはずなのに、逆にそこから先の道のりの長いこと長いこと。
ロンプラはカンボジアの道たちを、「Highways from Hell」と呼んだけど、全然言い過ぎではない。
数時間後、突然道がよくなったと思ったら、前に座っていたフランス人カップルにお礼を言われた。
どうやら日本がシェムリアップ周辺の道を整備しているそうだ。
こんなところにまで貢献しているとは!
多分この時初めて、自分の税金が自分の役に立ったと実感した、しかも他国で。
前回投宿したチュックテップ・ゲストハウス、知ってる顔の人は誰もいない、しかも外国人の姿が見えない。
何かおかしいと思いながら、「隣のポピュラーにしろ」と言うバイタク運転手をふりきりながらチェックイン。
宿帳には、1週間前に誰か旅行者がチェックインしたっきりになっている。
部屋に案内されるが、人気もなくずっと使われている様子もなく、洗面台にはヤバイ水が溜まっている。
2階のレストランももうやっていないので、隣のポピュラーのレストランを使ってくれと言う。
1年振りに訪れたチュックテップの変わり様に、あたしもむっくんもがっくりもいいところ。
結局ポピュラーに泊まる事にしたのです。

2度目のアンコール遺跡、チケット売り場が高速インターみたいになっててすげーびっくり!
去年はただの小屋だったのに!
長々とした日本語での説明を受け、見学開始。
アンコールワットでは、木製の柵やら老人用かなんか知らんけど階段が設置されていて、非常に景観を損ねていました。
かなりムカつきました。
後日写真とともにまた、アップします細かいところは。
今回はバンテアイ・スレイの方まで遠出し、あと一ノ瀬泰造さんの墓参りもしてきました。

めちゃめちゃ驚いた。
あのシェムリアップ→カンボジア・タイ国境までの極悪路、何とかなりきれいになってて、すごい走行が快適なの!
宿の人に、「道直ったよ」って言われて絶対嘘だろうと疑ってたら、本当に直ってんですよ!

あー、あと1週間か。
明日は象さんの曲芸を見にいくし、友達がカオサンにやってきます。
海外で待ち合わせって何か好きです。


2001年05月16日(水) カオサン到着ー

ついに最終目的地バンコクに着いてしまった。
もう帰らなければいけないという精神的苦痛からか、なぜかタイに入ってからお腹の調子が悪い。
カンボジアでまた悪夢を繰り返すまいと結構気をつけ、実際タイに入るまでは調子よかったのに・・・。

どうでもいい話ですが日本では、小田茜が50歳の霊媒師と結婚するとかしないとかという話があるようですが、何がびっくりしたって、「引退は考えてない」って、まだ現役なんすかあの人は。

それはさておき、サイゴンからバスでプノンペン入り。
ものすごく恐いところを想像していましたが案外普通の街で、安心。
しかし夜はまったく出歩きませんでしたけどね。
意外ときれいなところなんですよ、さすが一国の首都です。
外国人向けスーパーマーケットもあり、まあ海外チェーン店ではありませんがファーストフード店もあり。
泊ったゲストハウスの隣にはみんな大好きゲーセンもありましたからね!
むっくんはそれだけでプノンペンはよい街だったと言い張る始末です。

ポルポト、クメールルージュのやった国民大虐殺の現場、ツールスレーン刑務所は今では観光客向けに博物館になっています。
プノンペンでここだけは行きたいと思っていたので、30分、炎天下の中歩きました←ケチだから。
明らかに周りと雰囲気の違う不気味な建物。
どこか遠くからかかるカンボジア民謡がまた恐い、悲しい。
元々は学校だったという建物の中を、物々しい気持ちで見ていくわけです。
部屋の中には何の罪もない市民を虐待するために使われた鉄のベッドがぽつんと一つ、その横には何の説明書きもなく虐待時の写真が1枚。
広島で蝋人形を見て何も感じなかったあたしがどんな悲しい気持ちになったことか。
他には市民の殺される直前の写真が実に・・・数百枚?
殺されるってわかってんですよ、その人たちの表情ですよ。
それこそ広島修学旅行の戦争講演会で爆睡したあたしでも何も感じない訳はありません。
すげーキた。
ヤバイ程ガツンとキた。
この事は家帰ってちゃんと考えて書きます。
とにかく、帰りの足取りは半端なく重かった。

明日はシェムリアップ、アンコールワットについて。

今日はカオサン、信じがたい大雨が降りました。
ピピ島でまたはっちゃけようと思ってるんですが雨季はダメかなあ。


2001年05月05日(土) サイゴン到着2

昨日はホイアンまで書いたかな?

居心地よかったホイアンを2泊で後にし、次はリゾート地ニャチャンへ。
何かベトナムって、街ありリゾートあり田舎あり遺跡ありと、いろんな所へ都合よくまわれますね。

普段夏でも海なんて無縁なあたし(だって日焼けは嫌だし、する事ないもの)。
でもせっかくベトナムまで来て、(これ以上)暇なのもつまらないのでここはひとつはっちゃけようと水着を買いました。$8。高!

ところでここニャチャンの市場で、¥100ライターを買おうとしたら2万5千ドン($1は1万4千ドンですよ!)と言われ、それくらいさっさと出せくらいのことを言われて超キレました。
その後、始め無料だと言っていた駐輪所のババア、バイク出す時になって2000ドンよこせなんて言い出しやがって。
何がムカついたって、「たったの2000ドンじゃない」って言うなら最初から無料だなんて言わなきゃいいじゃん!
ライターの信じられないふっかけっぷりにイライラしてたから、そこで大口論。
今になって考えるとどうでもいい事で怒ったなと思うけど、いやもう2度と行きたくないあの市場。
行くべきじゃないですよちなみに超つまんないし。

まあそんな嫌なことはさっさと忘れ、海で大はしゃぎ。
美しいとは言い難いがまあ青い(たまにウンコみたいな物が、きっと春巻きかなんかだと思う、まさかウンコなんて!)、ほとんど誰もいないビーチで久々の遊泳です。
他の観光客やなんかはここからツアーとかで沖にあるもっとキレイな島とかで泳いでるんだろう、ほとんどいなかった。
そのツアーの写真がホテルに貼ってあったけど、酒好きそうな白人が、数十人集って浮かれまくり。
あたしはとてもとても参加はできない、そんなツアー。
すっかり面倒臭がりやになってきたうちらとしてはここの近所の誰もいないがそんなにキレイでもないビーチがお気に入り。
ただやっぱり外人珍しいらしく、物売りを始めいろんな人が集まって来ます。
何が嫌だって、何が目的か分からないオヤジとかが一番嫌です。
英語も分からない、超目のヤバイオヤジに、ベトナムで男女問わずもてもてなむっくんの乳首が吸われそうになる等、ふざけてんだか本気なんだか分からない輩は本当に恐い。
結局吸われることもなく、3泊のビーチ滞在は半端ない日焼けの痛みをもたらしつつ終わりました。

そしてベトナム縦断最後の移動、ニャチャン→サイゴン。

夜到着したサイゴンは、正直すげー恐い。
ベトナムのカオサンとか言われてるファングーラオ通りに降り立つそばからホテルがどうだと客引きが集まり、桂林以来のこの合戦に戸惑いを隠し切れませんでした。
ここらへん、想像してたのと全然違うし、ちょっと出歩けば注射器すげー落ちてるし(医療関係の不法投棄に違いないと思うが)、どこ行っても小便臭いし、ほんとこれがOLに大人気の街な訳?
きっと夜だからだよと言うことで、本日昼間のサイゴンを探検してみました。
どこに行くって、目指したのは地図で見つけたロッテリア。
汚ねえ道をよぼよぼ、ひったくりに合わないようにバッグ抱えて脅えて歩いて到着したロッテリアは、ベトナム不信になりかけたうちらに多大な安心感をくれました。
しかし3人で14万ドンの出費!
ここではファーストフードは高級料理。
そしてひとまず、何か買い物方面で有名らしいドンコイ通りへ。
本当にここは買い物方面で有名なドンコイ通りですかってくらい閑散としていてびっくらこきましたが、どうやらそうらしく、何組かの日本人の女に会った。
ちろちろある店は確かにキレイでかわいいものがそろってそうだけど、何かハイソで、全くあたしみたいな無職旅行者を寄せ付けまいとしているようで、ここは通り過ぎるしかなかった。
ハノイの方がよほど買い物もしやすかったよ。
結局買い物といえば国営デパートとマキシ何とかっていうサイゴンセンターの中にあるスーパーで安いジュースやらシャンプーやらを買って、路上でステッカーを買ったくらいかなあ。
ステッカーなんかは結構ヤバいのそろってて、パチで言うとドラえもんからアディダス、その他カブとかについてるギアチェンジの説明シールタイ語バージョン等、暑いのも忘れて色々見入ってしまいました。
だって民芸品とか洋服とかって買おうと思えば日本で買えるじゃん。
高いのに怖じ気づいてるのもあるけどそう思うとそれだったらこんなどうでもいいものの方が日本じゃないかなと思うんだけど。
だから海外ブランドツアーに行く人の気は全くわからない。
で、さすがゲーマー、匂いでゲーセンを探し出し、しばらく遊んださ。

そんなこんなでサイゴンの1日半が過ぎた訳です。
明日もちょいと出かけて、カンボジア行く前の休養を取ろうと思いますが、ここには長居はできません。
今ここにはすごいたくさん日本人がいるけど、明日とかにはいなくなんのかな。

そういえばベトナムって犬を喰うとよく言われていたから犬は見当たらないのかと思えど、結構飼ってる人が多くてかわいがられているみたいです。
安心しました。
むしろ中国なんて、野良犬野良猫なんてほとんど見ませんでした。
食わないのは机の脚くらいなんつーのもあながち嘘ではないようです。



2001年05月04日(金) サイゴン到着

ハノイを出発し、古都フエ、日本の匂いがするホイアン、簡易リゾート地ニャチャンを経て本日サイゴンに到着しました。

[Air-Conditioned Bus]とうたったツアーバスを利用。
ハノイからサイゴンまで、途中下車自由の縦断バスで、ひとり$25。
予定していた列車の料金よりはるかに安く行けるとあり、満場一致でこの手段。

来たバスは日本ではよく海沿いに放置されてサビまくってるやつみたいな窓全開の代物。
Air-Conditionedとは、窓開け放しの事を言っていたのですね。
何にせよ、ここは東南アジア。
無事に着けばよいのです。

フエではやる気もなくし1泊して出発。

その次に着いたホイアンは、日本人が昔交流してただか何かで、すごい親日なところです。
町並みは昔の中国式だか何だかの建物が多く、世界遺産に指定されています。
ここで食った、名物カオラウのうまいこと!
日本人が持ち込んだという噂があるだけあって、確かに日本人好みの味。
汁なしうどんと言うのが一番近い表現でしょうか。
あんまり作るつもりもなかったアオザイも作っちまいました。
照れくせー!
ここから、ミーソン遺跡へ久々の観光へ出かけました。
大したことなかったです。
遺跡より自然がきれいだった。
ずっと曇りがちだったから、久しぶりに見た青い空に妙な感動を覚えました。
ホイアン、よかったな。

あ、なんか風邪ひいたっぽい、クシャミがすごい出る。
続きはまた明日書きます。
何かサイゴンってあまり好きじゃない。



↑↓ここら辺クリックすると来世で金持ちになれます

にほんブログ村 旅行ブログ アジア旅行へ にほんブログ村 旅行ブログへ
| 【旅日記】その他アジア | comments(0) |
2001/04の日記


カオリの日記
旅行中心の日記。
その他、日々の愚痴等。

2001年04月27日(金) ベトナムにて気づいたこと

ベトナムの男は、ホモが多いのではないか。
だって妙に彼氏がモテる。
パツキンが珍しいからよく触られるのかと思っていたが、そうでもないらしい。
恥ずかしそうに彼に向かって手を振る男もいる。
肩に手をまわす男もいる。
髪の毛を触りながらほれぼれと「ビューティフル・・・」と言う男もいる。
とにかく心配である。
と同時に結構楽しい。

爪がめちゃめちゃ長い男が多いけど、物売りに聞いた所によると「メイクラブの時に役立つ」そうだ。
と言いながら爪ですーっと腕をかすめられた。
本当にそうなのですか。
ベトナムの女の人はそれがよいのですか。

中国のおっさんとか汚そうで嫌だったけど、ベトナムの男は変にいやらしくてこれまた嫌です。
ま、女だから安心ですね。

だらだらハノイに居座りましたが、明日重い腰を上げてようやく次に進みます。


2001年04月24日(火) ベトナム、ハノイにて

昨日の続き。

ベトナム側国境で、トニーレオンそっくりの係官に、「アジヤマ!ガオリ!(訳;アキヤマカオリ!)」「ブライ!ノッキ!(訳;ムライノリアキ!)」「ガネギ!バザジ!(訳;カネキマサシ!)」とハツラツと呼ばれて晴れて、ベトナム入国を果たしました。
ちなみに隣には、ブルースリーそっくりのがいました。
シネマな感じのイミグレに、まあ中国よりは楽なんだろうなという安心感が沸きました。

電車に乗る街まで何で行こうか考えていると、はたまた怪しげなタクシーのおっちゃんが話し掛けてきた。
行こうとしているドンダンという街からは「ノートレイン」だと言い張ります。
歩き方には出ていると書かれている。
しかしすっかり中国でうちらの信用度を落としたあの本。
どうしようかなあと悩んだすえ、天下の歩き方よりもそのおっさんを少し信用する事にしました。
ダメです、中国では全く役に立ちませんあいつ。

うちら3人+優しげな中国人のおっちゃんと、電車が出ているというドンダンの先の街、ランソンへ。
国境から歩いてドンダンまで行けるみたいな事書いてたあの本、絶対嘘。
すげー遠いし、すげー工事中だし、徒歩なんてとんでもないです。
舗装工事をしているらしく、石やなんかは人が自分で積んだりしてるみたいです。
手作り階段は、とってもよくできてまして、ベトナム初の感動です。
ドライバーが、ベトナム!これベトナム!と言わんばかりに農家や山を指しますが、残念ながら中国の南の方と何ら変わりはありません。
でも全体的に、中国よりは相当キレイです。
ゴミ落ちてないから。

ランソンに着くと、あれあれ民家の前で停まります。
ドライバーは、俺の家だ、まあ降りろ、顔でも洗えと促します。
トランクに入れっぱなしの荷物を気にかけつつ、お邪魔いたします。
一般的な家庭なのでしょうか、テレビはパナソニック。
水を振る舞われ、まあ座れと。
そして商談を持ち掛けられました。
一人100元でハノイまで行かないかと。
中国人のおっさんは車でこのままハノイまで行くそうです。
中国元が余っていたし、いつも通りめんどくさくなってきたのでその話に乗ることにしました。
2時間半でハノイまで着くそうです。
列車で行くよりバスで行くより妙に早いけどほんとかしら。

高速道路を超かっとばし、本当に2時間ちょいで着いてしまいました。
こんな爽快な移動はいつ以来でしょうか。
ハノイの街は、ええと、カラオケだらけです。
あとバイクとチャリがすげーたくさん走ってて、車より多いです。
あまりの多さに、中国より人が多いんではないかと思った程です。
やっぱり中国よりキレイです。
そして半端なく暑かったです。
なぜ過去形かというと、暑かったのはこの1日だけで、その次の日からは肌寒い日々が続いているからです。

適当に決めたアインシンゲストハウスで暖かく迎えられたのはよかったのですが、猛暑の中エアコンなしは本当に厳しいもんがありました。
明日には宿を移ってやると心に誓いましたが、なんせ肌寒くなってきたので今だにかわっていません。

ベトナムの首都、ハノイとは、そこかしこにヨーロピアンな風景が見受けられ、中国から来るとすがすがしくてたまりません。
ただみどころといえば博物館とか、インテリな感じの所が多く、毎日そこら辺をぶらぶらしています。
バイク用品専門店街やら旗専門店街やら、どうでもいいところを歩き回るって結構楽しいです。
歩いてる途中にバドミントンの羽みたいなやつを蹴って遊んでた青年達に混じったり、本屋でこれまたヤバイドラえもんものを買ったり、まあ簡単に言えば結構暇です。
ここに泊まってる人達もここでは結構暇らしいです。
でもこんな暇な時間が帰国したら超懐かしく感じるもんで、なのでこういうのもまたいいんではないかと適当に肯定しています。
ただ悔やまれるのは昨日タクシー代、間違えて10倍払った事。
忘れろ、忘れちまえよ!


2001年04月23日(月) ベトナムまでの道のり

3日程前、ハノイに着きました。
陽朔は小さな街なのでバスが出ておらず、一旦桂林まで出てから国境の街、ピンシャンまで出ることにしました。

陽朔を出る前の日、怪しげな日本語を操る羅先生とその仲間達と、そのまた仲間達とで飲み会をしました。
夕ご飯3回分くらい食いました。
それとスイカの種も、たらふく食いました。
それがいけなかったんでしょう。
桂林に着いたとたん、嫌な予感がお腹をくすぐったもんです。
すぐさま3つ星ホテルに駆け込み、用を足しました。
やはりおかしい。
中国、最後の最後でついに下してしまいました。
しかも胃の激痛とともに・・・。

出発まで桂林の街をぶらぶらしようと早めに出たのですが、ローラースケートがあるという七星公園にも行く気が起きず、駅前をぶらぶらしますが広州以上にのっぺりとしたこの街は、デパートはあれど中に店がない、食堂は汚れまくったところばかりで中級食堂というものがない、ちょっと休憩するような所もない、ホテルの食堂にしても今の時間は休憩中と、腹下しのあたしにはマジでムカつく何も無い所でした。
中国の発展のしかたはやっぱりどこかおかしいのではないか。
ムカつきっぱなしでした、ほんとに。
食いすぎた自分が悪いんですがね。

それで結局、その3つ星ホテルのラウンジらしき所でしばらく時間をつぶし、近くのまだマシそうな食堂に入ったのです。

6時半出発のはずのバスは、30分待っても1時間待っても2時間待ってもだらだらだらだら、客待ちしてんだか何だか知らないが出発する気配がありません。
普段は他の2人がイライラしていても、アジアだから仕方ないと意外と冷静なあたしではありますが、この時ばかりは次の波が来る前に早く行ってほしいと願うばかりでした。
他の奴等全員今のあたしより幸せだと思いました。
下痢の時ってみんなそうですよね。

結局走り出したのは8時過ぎ。
何回も何回も、胃痛とヤバい波を繰り返し、ついには人生2度目の野グソ。
すいませんリアルで。
柳州という所に着いた時には、本当にシャレにならないくらい辛くて、2角(1円2円くらい)トイレにそれこそ駆け込んだもんです。
おかげで柳州は嫌な思い出の街です、ほんの数十分くらいの滞在でしたが。

しかしそこでばい菌は出ていってしまったのか、それからピンシャンに着くまで全く波は来なくなりました。
よかった、よかったっス!
でもずっと落着かなかったですけどね。
またカンボジアあたりでやりそうな気がするけど、移動の時にはマジで来ないでほしい。

南寧という街でバスを乗り換え、ピンシャンに着いたのは次の日昼12時頃。
結局16時間かかったことになります。
なぜかこの距離、歩き方には6時間だか何だかとんでもない数字書いてありましたけどね。
いや、バスに乗り込んでから数えると18、9時間くらいか。
アテにならねえ。

南下して来たので随分と暑くなりました。
歩き方に載っていた、「この街では高級な部類に入るホテル」に1泊することにしました。
着いてみれば、もちろん英語は全く通じない、エレベーターは重慶マンションよりも暗い、トイレはシャワーとくっついてるやつのくせに和式、お湯出ない、それはそれは期待を裏切ってくれたホテルでした。
その中でもほんの少し英語の話せる青年の助けを借り、そのホテルの誰も客がいないレストランで食事。
苦労してオーダーしたものは結構おいしかったから良かったですが、どこに保管してんのか、あったかいコーラには参りました。
まあよい、これもアジアです。
ただ「この街で高級な部類に入るホテル」っていうのが気になりますが。

この街は旅行者はみんな通過していってしまうような所なので、外国人が珍しいのか、子どもがついてくるわおっさんには凝視されるわで、よく言えばちょっとしたスター気分。
むっくんのパツキンとまさしのロン毛が珍しかったのもあるかもしれません。
何もない街でしたが、桂林よりも雰囲気はよいところでした。
何もないくせにアダルトショップはありますしね。
むっくんが潜入を試みましたが、ただでさえ目立つこの身、人々の視線に堪えられずミッションインポッシブルに終わりました。
ちなみにダッチワイフは見受けられましたよ。

次の日の朝、9時半発のハノイ行きの電車に乗る為、ついにショッキング中国を脱出しました・・・。



2001年04月16日(月) もう沈没?

しばらく御無沙汰しておりました。
しかし何も忙しかったわけでもなく、ずっとここ、陽朔にいました。
ちょうど滞在1週間になりますが、実際観光したのはほんの2日だけ。
毎日何をしていたかと言うと、カフェのはしごやトランプ、ぶらぶらしていただけです。
はっきり言って暇です。
何せカフェと土産物屋と山しかないですから。
しかし毎日、何もする必要がないという、非常に贅沢な時間を過ごしています。
と、言う訳で、予定していた5月半ばには帰れそうにありません。
家賃払えません。
困った。
そういう事は考えないようにします。

ところでこないだ、サイクリング+山登り+洞窟探検という、何ともアウトドアなイベントに参加しました。
信じられないくらいに疲れました。
ガイドの女の子と一緒に回ったのですが、例の山水画です。
あの風景の中を何とチャリで走れるのです。
お手軽でしょう、そうでしょう、そうでしょう。

しかしあの憧れだったあの風景も、3日もいると当たり前のものになり、すっかり飽きてしまいました。

昨日山々の間を流れる川下りに行ってきましたが、もっと早めに行っておくべきだった。
船のエンジンうるさいし、船頭のおっさん携帯持ってるし、何か電波つながってるし、やはり観光地化した今となっては理想的なものではありませんでした。
まあ仕方ないっすね。

いいかげんここもそろそろ脱出して、普通の中国に戻ります。


2001年04月11日(水) 陽朔

今、あの水墨画っぽい山がいっぱいある町にいます。
有名なのは桂林という大きな町ですが、そこはもう人々がスレまくってるので、最近人気なのはその南にある陽朔という小さな町です。
小さいといえども、ここにはガイジン向けのゲストハウスやカフェが並ぶ、リトルカオサンみたいな通りがあり、中国にしては皆英語を話し、はっきり言って快適です。
あれ、昨日書いたっけこの事。
まあいいか、とにかく暇です。

ここは避暑地みたいな感じで、地理的に見ると南の方に位置するのですが、多分今の日本と同じくらい寒いです。
あの湿度90%の広州から来ると寒くて寒くて。

中国ってそこかしこ小便臭い。
でも世界の人口10人に1人は中国人ってくらいだから、そりゃ小便する輩もいるわな。
あと、若いのもおっさんも、背広に革靴姿の人が多いなと思っていたら、背広やらスラックスが超安いらしく、仕事するときにはもう少し高い別の服、普段は安い背広を着るそうです。
人民服を来ている人はもちろん、いません。
ただ男は興味がないのか何なのか知らないが、何をはいても革靴を合わせる、しかも素足に。
一番安いんだろう、きっと。
しかし異様な光景です。

ああ、暇で暇で。


2001年04月09日(月) 広州を脱出

・・・みなさん、長らくお待たせいたしました・・・。
誰も待ってないか・・・。

7日に香港を出てついに中国に到着。
中国って国は、本当に噂通り英語がほとんど通じずめちゃくちゃ苦労しました。
別に日本人のあたしが言えることではありませんですがね。
イミグレのおっさんには中指でメガネを押さえつつにらまれ、ああ、これが中国なのかとこれからの旅が不安におもえてきました。

広州は広くて、旅行者が集まるエリアとかそういうのは全くないのです。
その上、英語は通じず、どうしていいのかわからないことの連続。
広州駅前付近はずっと、日曜の渋谷スクランブルの3倍くらいの人だかり。
本当に、1人っ子政策は何とか推し進めた方がいいよマジで!
あんな人達一体どこか湧き出てくるの?
その人込みに圧倒され、英語の通じないストレスやら家に置いてきた大好きなパンダのぬいぐるみのパンちゃんに会えない寂しさやらで泣いてしまいました。
すんげーつまんないし、ここ。
救いは動物園で初生パンダを見れたことかなあ。

でもいろいろ悪く言ってるけど、本に書いてあるほど中国の人って冷たくないし、いろいろ助けてもらいました。
ただあたしにはこの町は合わなかっただけだと思う。

それでは本日はここらでお開きにします。
読んでくれてありがとう。


2001年04月05日(木) 香港滞在まだまだ続く

相変わらず高い生活費に苦しんでいますが、そこそこ楽しんでいます。
昨日は廟街という、ナイトマーケットに行ってきました。
ガイドブックに書いてあるほどの混雑もありませんでしたが、Tシャツ屋やらニセモノドケイ屋やら、安物ばかり売ってるので貧乏なうちらにも十分楽しめるところでした。
そこで超ヤバイ、ドラえもんのパチものを購入しました。
アジアには本当にヤバイパチものがあるけれど、香港やバンコク程の都会にもなると、なかなか最近では見つけることができません。
しかし日本人から見れば変で変で仕方がないものもあるので、たくさん写真が撮れれば、その特集もしたいと思います。

ところであたしが宿泊しているのはオーシャンゲストハウスではないことに気づきました。
それは隣のことで、あたしがいるのは少し離れたところにあるキョウトゲストハウスのオーナーの家だそうだ。
確かに生活感溢れてるなあと思っていたけど。
ここに泊まる人がいたら、「こくまろ」を持っていくと喜ばれます。
ここのおばちゃんが日本で買ってきて、かなり気に入ってます。
ほんと、とっても優しくしてくれて、いいところです。

そして今日は、朝一人で海沿いの道をぶらぶらしていたら、警官が近づいてきて超びびりまくりました。
あたしのおじさんは、朝せかせかと歩いていただけで「何をしているんだ」と警官に止められ、30分事情聴取を受けたそうです。
事情も何も、ただ早歩きしていただけなんだけど。
なのでおもむろにカメラを取り出し、きょろきょろしていかにも観光客ですということをアピールすると素通りしていった。
マジでびびった。
しかしすばらしい景観です。
カメラには収まりきれないほどに広がった高層ビルの群れ。
でも香港はまちづくりが上手で、そんな大都会の中にもきちんと自然を残しているし、最近では美化運動に力を入れているらしく、ごみ箱もたくさんあるし、そういうところはどんどん日本でも見習っていくべきだと思います。

そして夜、信和中心という、オタクデパートと言われているところにいってみました。
オタクデパートといえども、日本の漫画屋(マジで日本においてある品数と変わらない)や、ブロマイド屋、フィギュア屋、エロビ屋に混じってそれこそ日本にありそうななかなかイケてる洋服屋なんかもぽつぽつあり、若者の好みそうなところです。
ここはお勧め。
観光客なんてほとんどいません。
ただ置いてあるものはほとんど日本のものばかり。
だってBOONの最新刊だってあるんだから!
しかし漫画喫茶になりそうな程の種類の漫画が広東語訳されて売っているのには驚き!
バガボンドからキューピーまで、はたまたキャンディキャンディまで、何でもあるよ。
しかもね、日本でもほとんどお目にかかれないナイキのエアウーヴェンも売ってんの!
あなどれないんですよここ。

さて、もう土曜には中国に入ります。
高い高いと悩んでいた香港ですが、いざ去るとなるとさみしいです。
次はもう少し金もって来よう。

掲示板がなくなってしまいました。
日本からは見れますか?
もし質問とかある方は、メールでお願いします。
古い方は文字化けして見れません。
どうしちゃったんだろう。


2001年04月03日(火) 香港2日目

朝に弱いあたしも旅先では妙に早起きで迷惑がられます。
一人でセブンに買い物に行こうとしたら、エレベーターでアフリカ人6人に囲まれ、恐くなりましたがしかし誰一人あたしのことなんか気にしてない様子におかしくなって、笑いそうになってしまいました。
そしてチョンキンマンションの前には朝っぱらから救急車が止まっています。
やはりどことなく物騒です。

今日は中国ビザを取りにいかなければなりません。
香港はすでにこの季節、日本の6月くらいの気温で、すっかり初夏です。
ただ店の中は必要以上にクーラーが効いているので、油断はできません。

6、7年ぶりのスターフェリーはちょっぴり値上げをしています。
九龍半島と香港島を結ぶぽんぽん船みたいなものですが、風景もよし、とても気持ちのよい乗り物です。

あまり香港島の方の記憶はないので適当に、領事館のあるだろう方向に歩きはじめました。
こちらは日本でいうところの丸の内やら銀座みたいな感じで、金を好きに使えないうちらには冷たく感じる場所です。
安くご飯を食えそうなところもない。

コーズウェイベイにある、パシフィックプレイスというショッピングセンターのフードコートで昼を食べますが、お昼時の為立ち食い。
このショッピングセンターは、昔よく連れてきてもらって大好きだったところですが、買い物をする余裕のない時には自分がみじめに思えてくる場所です。
香港の物価は何もかも日本並みで、タイやカンボジアの物価に慣れてしまったあたしには辛いです。
確かに、ここは東京以上の大都会。
しかし!
結局ビザができるのが6日の金曜日なので、それまでここに滞在しなければいけません。
しかも!
両替するときにパスポートが必要なのに、今ビザセクションに預けちゃったじゃんか!
両替が6日までできない、必然的に今日両替した20000円分の金で金曜まで過ごさなければいけません。
ホームページには、「いかにして安く過ごすか」をテーマに香港特集を組もうかと思っています、いやそれしかできない。

香港を一望できる、ビクトリアピークにのぼると、気圧に弱いあたしの耳は詰まって聞こえなくなります。
だってあなた、登山電車ですんごい急上昇するんですよ、Gもすごいかかります。
山の頂上にはすっかり立派な「ピークタワー」なるものができていて、ショッピングにグルメに大活躍です。
もちろんうちらには無縁のもの。
そこのテラスでぼーっとタバコを吸うくらいしかできません。
それでも貧乏は貧乏なりに楽しめるもので、夜景はやっぱりきれいだったし、充実した1日を過ごすことができましたよ。

今ネットカフェにいますが、前述の通り金がないので、焦って書いてます。
なのであまり充実した日記ではありませんが、帰国後、まとめますので許してね。









2001年04月02日(月) 香港到着

とうとう始まってしまったのです、旅が。
なぜ嫌そうかというと、始まってしまったということは終わりが近づいているということでもあるからです。

何てネガティブなんでしょう、あたしったら。

とにかく淡々と飛行機に乗り、香港人の幼児と大盛り上がりしながら実感もないまま香港に到着とあいなりました。
新しくできたチェ何とか空港は広々としていて明るく、薄暗い成田とは大違い。
とってもあったかい。
湿気たっぷりで乾燥肌のあたしにはぴったりの土地です。

記憶を辿りつつ、適当なところでA21バスを降り、ミラドールマンションに直行。
香港ってとこは、やはり騒々しく、ガイドブックを見て想像する以上に熱い街です。
夜の11時だってのにまだ元気に店が開いています。
いろいろな国の人が歩いています。

結局あの評判の悪いチョンキンマンションに落ち着くことになってしまいましたが、ここ、ガイドブックにも載っていなかったオーシャンゲストハウスは清潔で、おばちゃんもおねえちゃんもおっちゃんもとても感じのいい人だし、まあ行き当たりばったりだったけど結果的にはよかったと思います。

ただ火事にあうことのないよう、祈るのみでございます。

詳しいことは後日まとめます。


2001年04月01日(日) 旅行前日

あー、明日の今頃はー、僕は重慶マンションのなかー。

なのに何故?
準備は終わっていない。
さっきまでカラオケで遊んでいたし、連れの2人はマンガに熱中。
部屋は散らかりっぱなし。
両替はもちろん、携帯の利用休止の手続きだって明日出発前に行く。

旅行が決まるとすごい下調べをする。
ガイドブックを読み、ネットで検索し、ただそういう行為が好きなだけなんだけど。
そしてチケットを手配、するとどうだろう、「まだ2週間あるからいいや」「まだ1週間あるから」「まだ明日もあるから」と、部屋の掃除や荷物の準備等の方面で非常に怠慢になってくるのである。

そしてこのように、前日になって夏休み最終日のような追い込みになってくると、忙しい事を苦痛に感じるあたしは「帰って来たら無職だ」とか、「どうして旅になんてハマったんだろう」等、関係ないところで凹んでくる。
今後のお金や仕事の心配が旅に出る楽しみな気持ちを上回る。
今もそう。
だって部屋超散らかってんだもん。

ま、がんばるしかねえな。

とりあえず明日の今頃は香港だ。



↑↓ここら辺クリックすると来世で金持ちになれます

にほんブログ村 旅行ブログ アジア旅行へ にほんブログ村 旅行ブログへ
| 【旅日記】その他アジア | comments(0) |